第1章 竹取物語シリーズ
竹取物語そのI「一会の譜」
大谷氏は自身の墨相画との出会いを、竹の中から翁がかぐや姫を見つける『竹取物語 』冒頭の場面に重ねて本作を描いている。大谷氏がかぐや姫で、師・武井泰道氏が翁である。画家としての大谷氏の歩みを表現した「竹取物語 」シリーズは本作を起点に第五作まで続く。
それぞれの作品には、作品に対する私の真意を汲み取ってくださった美術情報誌『ONBEAT』の藤田博孝編集長によるコメントが寄せられています。作品鑑賞の手引きとしていただければ幸いです。ー大谷笙紅
それぞれの作品には、作品に対する私の真意を汲み取ってくださった美術情報誌『ONBEAT』の藤田博孝編集長によるコメントが寄せられています。作品鑑賞の手引きとしていただければ幸いです。ー大谷笙紅
大谷笙紅は、画家としての歩みを日本最古の物語といわれる『竹取物語 』に見立てて表現し、5点からなる連作を完成させた。師・武井泰道との出会いを、かぐや姫が竹藪の中で翁に発見される場面に重ねた第一作《 一会の譜》。師に見守られながら歩み始めた自分を、幼子たちの姿に重ねた第二作《和の詩》。様々な経験による画家の精神的な深まりが、幽玄な竹林の景色に投影された第三作 《魂のふるさとを求めて》。人の魂を無数の蛍に見立て、その光が竹林を抜け飛翔する様子を描いた第四作《帰幸蛍》。第五作《安心》では、その魂たちが『竹取物語』のラストシーンさながらに月へ還る場面が描かれシリーズは完結した。
大谷氏は自身の墨相画との出会いを、竹の中から翁がかぐや姫を見つける『竹取物語 』冒頭の場面に重ねて本作を描いている。大谷氏がかぐや姫で、師・武井泰道氏が翁である。画家としての大谷氏の歩みを表現した「竹取物語 」シリーズは本作を起点に第五作まで続く。
師の指導のもと精力的に墨相画の制作を始めた頃の自分を、画家は集団の中で学ぶ幼子たちの姿に重ねた。子供たちと画家の 純粋で一生懸命な気持ちが同化して、瑞々しさ溢れる画面となった。人に揉まれ、 心の勉強をしていく彼らの成長を、生い茂る木々が見守るようだ。
古来より日本では竹の成育する姿は、人間の理想的な成長の様子に例えられる。 この「竹取物語 」シリーズ 第三作では、竹の如く地に根を張り、 “ 魂のふるさとを求めて” 真っすぐに向上せんと墨相画の道を歩む大谷氏の心模様が表現された。師弟の姿が画中に浮かぶ。
「魂の故郷を求めて自己鍛錬を続けていくと、人間の本質は皆同じであり、 同じ霊魂を持っていることが分かる。その魂を蛍として表現した」と画家は語る。 竹取物語のかぐや姫が月へ帰るが如く、帰幸蛍と名付けられた蛍の群れは、竹林を抜け魂の故郷へと空高く飛翔する。
竹取物語シリーズを締め括る本作では、人々の魂がこの世での務めを終え、その故郷へ還る様を簡潔な構図で表現した。大きく描かれた満月は、 魂の故郷の安らかさを体現し、まるで禅画の円相図の様だ。 安らぎの境地を体得した大谷氏だからこそ描き得た傑作である。
大谷笙紅は人間として「心の平安」を求め、画家としてその心を表現し続けてきた。大谷は心の平安を得るためには、己の心の中に真理を見出さねばならないと自覚し、絵画技術の向上に努めながら精神面の鍛錬を重ねた画家である。その葛藤や超克は率直に作品に反映されているため、大谷作品の変遷を鑑賞することは、すなわち画家の心の道程を辿ることを意味する。苦しいときに制作した 《一意専心》《天相》や、新たな目覚めと自由への欲求を表現した《目覚めの龍》 《創化の兆し》などを経て、自身の 宇宙観を存分に表現するに至った近作《「実 在」と「存在」》まで、個々の作品には画家の実直な人物像も透けて見える。
風景に溶け込む十一面観世音菩薩像。「神仏の世界は別世界のことだと一般的に考えられているが、実は身の周りに神仏は”実在”する。それに気がつけば、みな心安らかに生きることができるということを絵画で表現したかった」と画家は語る。大谷芸術の神髄とも言うべき作品。
真理追求のため自己鍛錬を続けてきた画家は、己の姿を山々に溶け込ませるように描いた。その飾らない自画像は、画家本人を知る者たちを唸らせたに違いない。「大いなる宇宙と一つになり、心の安らぎを得たい」という画家の願いが実現された、墨相画ならではの世界である。
天に教えを求めながら、精神的葛藤を乗り越え、泰然自若たる境地へと辿り着きたいという画家の思いが、国宝である阿修羅像の姿に投影されている。生きているかの如く存在豊かに描かれた大谷氏の阿修羅像は、対峙する観者たちにも何かを問いかけてくる様だ。
砂漠の大画廊と評される敦煌・莫高窟の中でも、文豪・井上靖が「恋人」と呼んだ盛唐を代表する45窟の塑像を描いた快作である。「心の中の宇宙が共鳴するのを感じた」という画家は、画中に自らの姿を描き込むことで、”慈光”に輝く菩薩と一体となった。
現実の生活に疲れた時、現実の自分からすーっと抜け出します。すると呼吸が静かになり、木々が風に揺れる音だけが聞こえてきます。静寂の中の心安らかな一刻です」と画家は語る。画中、庭園の池を見つめて佇む女性は画家本人であり、その静寂の境地が作品に結実した。
骨折入院後に描いた《 創化の兆し》と同じ年に制作した作品。「精神的に変化があり、新しく目覚めた気持ちになっていた」と画家が語る通り、”目覚めの龍”が月から飛び出すが如くしなやかに描かれており、その姿は師匠からの精神的な巣立ちを暗示する。
画家が足を骨折し、入院した際の思い出から生まれた作品である。空を舞う女性の姿が星々の煌めく夜空に溶け込むように描かれ、画面上方には患者の心を映す「円窓 」のごとき月が 輝く 。「心のままに羽ばたきたい」という自由への欲求が、想像力豊かな表現に結実した。
新宿御苑を散策した際、一本の大樹に心惹かれた画家は、「この木を登って平和な世界に行きたい」と夢想し、自身の姿を画面に描きいれた。大きな日輪は平和な世界の象徴だという。「心の中の宇宙を表す絵」という墨相画の概念を初めて本格的に表現した作品。
岩の上に佇む二人は日常から解放され 、 まばゆい陽の光を、清々しい潮風を、反復する波の音を全身で感じ、至福の、そして永遠の“一刻”を享受している。懸命に働く時があるからこそ、報われる癒しの時もあるのだということを俯瞰的視座で幸福感豊かに表現している。
大谷氏の人生に於いて精神的にも肉体的にも苦しいときに制作された《天相》と対になる作品。空は暗く海も荒れる中、岩山の上に忽然と立つ灯台を目指して岩場を登る人々。その情景には当時の画家自身の生きる姿、苦境を乗り越えようとする意志が投影されている。
大谷氏の人生に於いて精神的にも肉体的にも 苦しいときに制作された《一意専心》と対になる作品 。「ひたすらに一つの道を歩んでいけば“天相”の世界に辿り着けるという思いで描いた」と氏は語る。神仏の姿と現実の風景とが共存する画面に氏の宇宙観が表現された。
高野山霊宝館に収蔵される国宝・八大童子像の中の一つ、制多迦童子像の面相に魅せられて画いた作品。「地球を救う守り神」としてこの像を描きたかったと語る画家は、使命感に燃えるオーラを身にまとい、地球の上に仁王立ちをする躍動的な制多迦童子像を創造した。
高齢の母を介護するために職を辞し、大谷は転勤先の東京から故郷の大阪に戻る。認知症の症状も現れた母親との生活には深い愛憎のドラマもあったと察するが、母と過ごした歳月は画家にとってかけがえのない思い出となる。その死後も変わらぬ 母への思慕の念が、《謝生》《梅の精》《阿波情話》などの作品に結実した。また《伝承》《生きる(朝市)》など、市井の人々に母の面影を重ねた作品を制作していることからも、画家の心が常に母と共にあることは明らかであ る。海外の人々の生活風景を描いた作品《復興》《大理古城門外》にも、「親子の幸せは肩寄せ合って暮らす中にある」という画家の思いが込められている。
高齢の母のため職を辞した画家は、母を伴いお遍路巡りの旅をした。 無事に八十八か所すべての霊場を巡拝したが、その後の高野山へのお礼参りは遂に叶わなかったという。画家は高野山根本大塔を参拝する親子の姿を描き、画中で母の願いを成就させた。
自身初の屏風作品。大谷氏は毎春、梅が大好きな母を伴い梅林に出かけていたが、母も高齢となりそれも叶わなくなった。「母を再び梅園に連れて行ってあげたい」という願いを氏は画中で叶えた。 “ 梅の精 ”となった母は永遠に若く、大好きな梅園で幼子のようにはしゃぐ。
画家はスケッチ旅行で徳島へ行った際、 人形浄瑠璃「 傾城阿波の鳴門」を観劇する。その物語の中でも観客の涙を誘う「母と娘の再会と別れ」の場面に、画家自身の母に対する思いを重ねて本作は制作された。画中に描かれた渦潮が、親子の情愛の深さを象徴するようだ。
名古屋の郷土文化「有松絞り」のルーツといわれる 「手蜘蛛絞り」の唯一の継承者、本間とめ子さん。 雑誌で目にしたその姿を、自らが介護し最後を看取った母に重ねて本作を描いた。 現在、本作品は名古屋市の有松・鳴海絞会館に収蔵されている。
朝市で野菜を売る農婦たちの姿に共感した画家の心が描かせた作品である。日々の厳しい農作業に懸命に従事する中で育まれた彼女たちの逞しさ、心の温かさ、活気といったものが画面から伝わってくる。ミレーの農民絵画にも 通じる精神性が表現されている。
中東で起きている紛争の激しさをメディアが伝える中、荒れた土地を耕す家族の姿を写した一枚の写真が 画家の目に留まる。「紛争の最中であっても、両親と共に働ける“喜び”を少年の姿に感じた」と語る画家は、家族の背景から差す光に「幸あれ」との願いを込めた。
中国雲南省にスケッチ旅行に行った際、 雑多な群集の中に見た母子の雰囲気に惹かれて描いた作品。制作しながら画家は 「肩寄せ合って生きる中に、親と子の幸せはある」という ことを再認識したという。木造建築の屋根、 足元の赤土などが中国雲南省の風情を伝える。
大谷笙紅は自然を題材に多くの作品を制作しているが、その趣は一般的な風景画作品と一線を画す。それは、大谷が自然界と人間界を異なるものとして区別せず、その境界を融解させた絵画空間を創造しているからに他ならない。自然に対する畏敬の念が投影された《青山聳天表》《いのちを活きる》。富士山に父母のイメージを重ねた《夕暮れの富士》。鳥や動物を擬人化し、雄弁に語らせている《いい日旅立ち》《静閑》《柿の里 》。心象風景画とでも呼びたい《桜河静凛》《静かな朝》《静澄の時》。画家自身が文字通り自然と一体となって描いているからこそ、その画面には画家の「気」が漲る。
満開の桜並木は川辺に沿って霞棚引く彼方まで永遠に続くようだ。人の姿はなく、 数頭の馬の姿だけが描かれていることが本作の神秘性を一層際立たせている。 邪な煩悩を抱いた人間は立ち入ることができないこの静謐な空間には、 神々の庭園の如き霊的な気配が漂う。
釧路湿原の霧の中で躍動する丹頂鶴の姿が描かれた本作は、 屏風作品としては二作目だったという大谷氏初期の作品である。「描きたい」という画家の衝動は、歓喜の鳴き声をあげて羽を広げる鶴たちの 姿に投影され、端正でありながらリズミカルな画面が生まれた。
雲南省を旅して以来、抱き続けてきた高山に対する憧れが形になった本作には間近に聳えるタムセルク山と、エベレスト街道を家畜と共に登る人々の姿が描かれる。人として、画家としての理想は雄大な山の姿に、頂に至る険しい道程は民の姿に投影される。
画中に足を踏み入れたとき、 観者の心は俗世界を離れ、静けさで満たされるであろう。ここには桃源郷の如き安らかさがある。他の大谷作品にも共通して言えることだが、画家の「気」が作品の隅々にまで漲り、その「気」が凛とした雰囲気を醸し出している。
一本の大樹に、絶え間なく循環する自然の姿、 宇宙の縮図をも見出した作品。人もまた自然の一部として生かされているのだという喜びを溌剌と謳い上げている。その波動は歓喜の光となって樹上より降り注ぎ、幹に芽吹く新しい命や、観者の心にも活力を与える。
朝霧に霞む御堂を背にし、一頭の鹿がじっとこちらを見据えている。静寂の中に佇むこの鹿が見ているのは、観者である私たちの姿ではなく、私たちの心なのであろう。「この鹿は、神の使いなのかもしれない」とまで想像させるところは、まさに墨相画の真骨頂である。
富士山を巡る旅に出た画家だが、 あまりに立派なその姿にはよそよそしさを感じ、心が動かなかったと言う。だが、夕暮れ時に旅館の窓から見た富士山には、「この懐に飛び込んで来なさい」と語りかけてくる父母の様な親近感を覚えた。その心に全てを委ねて描いた作品。
大谷氏の作品にはしばしば馬の姿が描かれる。 氏には自然界の魂と心を通わせる才能があるのだろう。躍動する馬たちの無垢な塊と画家の塊が共鳴し、歓喜の波となって緑の草原を駆け抜けていく。大谷氏は無駄を排した表現で“清澄の時”を瑞々しく画面に定着された。
深まりゆく里山の秋の様子が詩情豊かに描かれている。「ここしかない」という絶妙な構図で、じっと前方を見据え、何かを見守るかの様に描かれた一羽の鴉には、田舎の人々の素朴な営みへの深い共感が投影されている。日本の原風景の一つがここにある。
水墨画様式で描かれた初期の掛け軸作品から、風光明媚な名所を活写した作品、そして可愛い 子猫たちを描いた作品まで、バラエティに富んだ作品が並ぶが、大谷はその初期において既に、非凡で洗練された絵画表現をしてきたことがわかる。中でも職場の 恩師への 感謝の念を表現した《鎮魂》には、その作風や精神性など、大谷作品の原点を垣間見ることができて興味深い。
中国雲南省へのスケッチ旅行から生まれた作品。 中国特有の赤土の広い大地を若者が馬に跨り駆け抜けて行く。近景には白い花をつけた梅のような木々が、遠景には玉龍雪山が霞んで見える 。 大陸的な雄大な空気と、疾走感が共存した画面は春の清々しさを伝える。
紅葉に染まる雄大な深山に滝音が染み渡る。画家の目が切り取った自然の名場面に心静かに浸りたい。
三陸海岸の風光明媚な景色が丁寧に描かれ、 潮風、波音、潮の香など朝の海の清々しさが臨場感豊かに迫ってくる。
臨場感豊かに描かれた岐阜県長良川の鵜飼の様子。 実際の取材は叶わず、写真に画家自身の想像を加え制作された。
画家の地元で行われる 「 岸和田だんじり祭り」を絶妙な構図で捉えた。躍動感の中にも女性画家ならではの優美さが香り立つ。
屹立する山々の頂より、遠く 小豆島の海を望む景色が心地よい。山水画様式の初期作品ながら、熟練の味わいがある。
中越地震で被災した新潟県は旧山古志村の朝靄かかる冬の朝。棚田の脇に見える人影が、村人の勤勉さを物語る。
題名が示すとおり、 画家自身の夢の庵を描いた作品。 静かな環境の中で自然と同化したいという願望が投影された。
父のように慕った職場の恩人が眠る法然院。 その冥福を祈る画家の感謝の思いが、画面の隅々から滲み出ている。
茅葺屋根、稲わらといった里山の風物詩に郷愁の念がこみ上げる。重厚感さえ漂う本作は画家の処女作である。
中央に大きく描かれた一輪の牡丹を燃えるようなオーラで包み込むことで、動きのある非凡な表現が生まれた。
画家が「 野暮ったい姿に親近感が湧いた」という日本在来種の馬の家族。 身を寄せ合う様子を温かい視点で活写した。
中国への取材旅行が生んだ作品。太古より時空を越えて聳え立つ山々と、 吹き渡る気流は、馬上の人に何を語るのだろう。
戯れる子猫たちの愛くるしい姿に、唯々癒される作品。 純粋無垢な存在が、人の心を癒すのだと改めて本作は物語る。
つがいの鳥を祝福するかのように梅の枝に集う鳥たち。 見る者はその可愛らしい 姿に、人間模様を投影するだろう。
画集の発刊(2018年)と、大規模な回顧展(2019年)を終えた大谷笙紅は、自身の表現が墨相画の枠に収まらないものに発展していることを自覚し、以降は人の心と天の意志を和合させた「天相画」を描く天相画家として、新境地を開拓していくことを決意する。同時に自身の絵と言葉を通して、天相画の概念や宇宙の真理を人々と共有し、特に「精神的に豊かな世界」の創造を目指す「天相系」の若者たちが成長するための一助になるという思いを固める。そんな大谷の思いは、魂の成長をテーマとした「空蝉物語」シリーズの作品群へと結実していく。全5作品で完結とする構想である本シリーズは、現在第4作まで発表されている。
画家は、志ある「天相系」の若者たちが困難な時代における希望の星となるべく、いま世の中に飛び立とうとする姿を、長く地中で過ごした蝉の幼虫が成虫へと羽化する瞬間に重ねて描いた。そこには、彼らを支える樹木でありたいと願う画家の思いや、天相画家として産声を上げたばかりの画家の心象も投影されている。
羽化したばかりで暗闇の中途方にくれる蝉に届いたのは、「誠実に一生懸命に生きなさい。私がいつも見守っていますから」という観音さまの言葉。作品の題名は、中国・北宋時代の禅師・廓庵が、禅の悟りにいたる道筋を「自分とは何か」を探し求める旅の物語絵として示した「十牛図」の第二図「見跡」に由来する。
作家は、日本人が本来備えていたはずの清浄な心や、フェイクのない世界を渇望する自身の思いを《尋ねゆく日本の心》と題し表現した。未来への希望を象徴する存在として、日本古来の自然崇拝の精神を受け継ぐアイヌ民族の若者と、本シリーズの第一作《羽化》でこの世に生れ出た蝉を画中に描き、自身の願いを重ねた。
画家はシリーズの一作目で、“未来への希望”を羽化した蝉の姿に託し象徴的に描いた。“未来への希望”の「化身」である蝉は成長し、志ある「天相系」の若者として本作に現れた。山中の寺院は若者が目指す精神的な高みを暗示するかのようだ。夜空に浮かぶ満月は若者を見守り支えたいと願う画家の姿を象徴する。
Copyright © Shoko Otani