『ONBEAT vol.11』で個展の様子をご紹介いただきました。

2019年11月5日発売のバイリンガル美術情報誌『ONBEAT vol.11』で、今年3月に開催した個展「大谷笙紅展 魂のふるさとを求めて」の様子をご紹介いただきました。

“心の平安”と向き合う豊かな時間を観客に提供

今年の3月に、地元での大規模開催は10年ぶりとなる自身4回目の個展を、大阪の岸和田市波切ホールで開催した墨相画家の大谷笙紅。美術評論家の勅使河原純に、「世に絵描きと称される人は少なくない。だがこれほど描くということの初心を探求し続けた人を、私は他に知らない」と言わしめた大谷作品を鑑賞する絶好の機会とあって、会場には連日大勢の観客が詰めかけ大盛況となった。

会場風景(画面右「竹取物語」シリーズから「心の平安を求めて」シリーズへと続く)

以下、簡単に大谷の経歴を紹介する。大谷は愛知県立半田高校を卒業後、愛知教育大学に進学し、同校卒業後は岸和田市立葛城中学校の教諭となる。数年の教員生活の後、1968年に花王株式会社・大阪生活科学研究所に入社した大谷は、日本経済新聞100周年記念懸賞論文で2席、日本油脂工業会・油脂論文で3席入賞を果たすなど優秀な成績を納め、1978年には花王初の女性ブランドマネージャーとして東京本社企画部に栄転する。しかし、介護が必要になった母のために1988年に同社を退職。大阪府岸和田市の実家に戻った大谷は、臨済宗妙心寺派の寺院・泉光寺の十九世住職・岸田正昭師から禅画を学び始める。その後1998年に墨相画心統一筆法の創始者である故・武井泰道に出会い、現在に至るまで「墨相画」の探求を続けている。墨相画について、大谷は「墨相画とは、心や観念の世界を絵筆で表現する禅画の流れをくむ絵であり、描く対象物が何であれ自分の姿絵となるものです。(中略)故に、私の求める理想の墨相画を描けるようになるためには、生涯心を磨き、技を向上させ続けることが必要」だと語る。その言葉通り心と技の向上に努め続けた大谷は、2000年に最愛の母を看取った後、2008年には公益財団法人天風会の会員となり、尊敬する中村天風の哲学を学び、実践し続けている。画家としては、2005年に岸和田市波切ホールで初個展開催後、2009年に同会場で第二回個展、2014年には東京有楽町の朝日ギャラリーで第三回個展を開催するなど、コンスタントにその成長過程を発表してきた。

これまでの活動を総括するため初期の軸装作品も展示された

2018年には自身の画業を総括的に網羅した作品集『魂のふるさとを求めて 大谷笙紅 墨相画の世界』を弊社(株式会社音美衣杜)より発刊する。完全和英併記で製作された同作品集は世界78ヶ国に向けて発売され、既に第二版が増刷されるなど国内外で好評を博している。「竹取物語」「こころの平安を求めて」「親子の情愛」「自然への眼差し」など、大谷芸術を語る上で核となるテーマ別に作品が紹介され、解説文とともに鑑賞できる作品集となった。

作品集の編集責任者であった筆者は、作家から依頼され解説文も執筆したのだが、冒頭で述べた第四回大谷笙紅個展においては、作品集同様のコンセプトで大谷笙紅の世界観を表現するよう、個展全体のプロデュースを任された。そこで、作品集同様に会場内をテーマごとに区画分けし、それぞれの展示作品には鑑賞の手引きとなるようコメントを添えた。観客に作品鑑賞に集中してもらうため照明に独自の工夫を凝らし、会場には弊社で制作した環境音楽を流した。これらの相乗効果もあり、観客の滞在時間は総じて長く、その満足感を示す好意的で熱のこもったコメントが数多く寄せられた。「皆さまにとって、本展で過ごされるひとときが、“心の平安”と向き合う豊かな時間となることを心より祈念いたします」という挨拶文を会場に掲げた大谷にとっても、確かな手応えを感じる個展となったはずである。

会場風景(画面右「心の平安を求めて」シリーズから「親子の情愛」シリーズへと続く)

印象に残ったのは、大谷の教員時代の教え子たちや、絵画教室の生徒たちが率先して会場の準備や接客に携わっていたこと。そして、大谷の人生において関わりのあった人々が、東京など遠方に居住していることや、長い時の経過などものともせず、嬉々として会場に足を運んでくれたことだ。大谷の実直な人柄や、行動の積み重ねがあればこそ、そのように人々をつなげることができるのであり、同時にそれは、大谷の作品にも如実に反映されている。まさに、大谷自身が語るように「墨相画とは、描く対象物が何であれ自分の姿絵となるもの」なのだ。

作品《静かな朝》に見入る来場者の男性

なお、本展終了後には各所への作品収蔵が決まったが、そのほんの一部を紹介する。地元で評判の整形外科医院の院長が《創化の兆し》を会場で鑑賞した際、「怪我や病から立ち直ることを願う人々の心を癒やし、励ます稀有な作品だ」と感動し、同作はその病院に収蔵された。今はリハビリ室で患者たちを見守っている。同様に《いのちを活きる》も、さる看護専門学校の副学長の目に留まり、同校に収蔵された。その作品のタイトル通り「いのちを活きる」大切さを学ぶ学生たちの心に寄り添い続けることだろう。

会場風景(画面右「親子の情愛」シリーズから「自然への眼差しシリーズ」へと続く)

禅画の円相図のような満月が大きく描かれた《竹取物語そのⅤ「安心」》は、個展会場第一室の中央に飾られ来場者を出迎えていたが、こうした近作を鑑賞するうちに、大谷笙紅の芸術世界は今や墨相画の枠を超え、人間の心と天の意思とが和合した絵、いわば「天相画」とでも言うべき世界へと進化/深化を遂げていることを確信した。今回の個展によって墨相画家としての活動を総括した大谷も、今後は芸術活動を通じて、その「天相画」の感覚をこつこつ伝えていきたいと語る。新しい活動をスタートさせた大谷笙紅から今後も目が離せない。

文=藤田博孝(ONBEAT編集長)、 撮影:尾原久永

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