第6章 空蝉物語シリーズ

画集の発刊(2018年)と、大規模な回顧展(2019年)を終えた大谷笙紅は、自身の表現が墨相画の枠に収まらないものに発展していることを自覚し、以降は人の心と天の意志を和合させた「天相画」を描く天相画家として、新境地を開拓していくことを決意する。同時に自身の絵と言葉を通して、天相画の概念や宇宙の真理を人々と共有し、特に「精神的に豊かな世界」の創造を目指す「天相系」の若者たちが成長するための一助になるという思いを固める。そんな大谷の思いは、魂の成長をテーマとした「空蝉物語」シリーズの作品群へと結実していく。全5作品で完結とする構想である本シリーズは、現在第4作まで発表されている。

空蝉物語 その1《羽化》

画家は、志ある「天相系」の若者たちが困難な時代における希望の星となるべく、いま世の中に飛び立とうとする姿を、長く地中で過ごした蝉の幼虫が成虫へと羽化する瞬間に重ねて描いた。そこには、彼らを支える樹木でありたいと願う画家の思いや、天相画家として産声を上げたばかりの画家の心象も投影されている。

空蝉物語 その2《見跡》

羽化したばかりで暗闇の中途方にくれる蝉に届いたのは、「誠実に一生懸命に生きなさい。私がいつも見守っていますから」という観音さまの言葉。作品の題名は、中国・北宋時代の禅師・廓庵が、禅の悟りにいたる道筋を「自分とは何か」を探し求める旅の物語絵として示した「十牛図」の第二図「見跡」に由来する。

空蝉物語 その3《尋ねゆく日本の心》

作家は、日本人が本来備えていたはずの清浄な心や、フェイクのない世界を渇望する自身の思いを《尋ねゆく日本の心》と題し表現した。未来への希望を象徴する存在として、日本古来の自然崇拝の精神を受け継ぐアイヌ民族の若者と、本シリーズの第一作《羽化》でこの世に生れ出た蝉を画中に描き、自身の願いを重ねた。

空蝉物語 その4《化身》

画家はシリーズの一作目で、“未来への希望”を羽化した蝉の姿に託し象徴的に描いた。“未来への希望”の「化身」である蝉は成長し、志ある「天相系」の若者として本作に現れた。山中の寺院は若者が目指す精神的な高みを暗示するかのようだ。夜空に浮かぶ満月は若者を見守り支えたいと願う画家の姿を象徴する。

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